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こぶろぐ

高知県在住25歳のポジティブ野郎のブログ。

他人と100%分かり合うことはできない。

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どーも!ポジティブロガー小太りです。

 

最近つくづく思うことがあります。

「他人を100%理解するのは無理」

 

「絆・つながり」

が声高に叫ばれる世の中。

人との繋がりは「孤立」を防ぐ。

「絆」のメリットも分かります。

 

でもそれって

「他者と完全にわかりあえる」

ことを目標としていないでしょうか?

 

 

結論:他者を完全に理解することは不可能

他人を頭の先からつま先まで

100%理解することは不可能です。

 

「育った環境・価値観」が

自分と全く同じ人などいません。

 

”自分と同じように”考え、行動する他者はいない。

「他者とは分かり合えない」ことを前提として

つながりを作るべきです。

 

「分かりあえる」と思うから争う

「分かりあえる」ことを前提にすると

必ず争いが生まれます。

 

「一番の親友」を想像してください。

自分との価値観が似ており、意見も合う。

「こいつとは100%分かりあえる」と確信。

 

しかし、ささいなことで意見が食い違う。

ここで終われば「すれ違い」のレベルです。

 

しかし、「分かりあえるまで」自分の意見を主張する。

「すれ違い」から「口論」まで発展します。

そもそも意見が違うのだから

無駄な争いですよね。

 

割り切れば「無駄な」争いは生まれない

お互いに「分かりあえない」

と思っていれば、争いは生まれません。

 

すれ違いが生まれた段階で

「あ、これ以上は無駄だ」と感じます。 

 

意見の食い違うまま

主張し合っても不毛なだけです。

 

「分かりあえない」からこそ大事にできる

「他者と分かりあえない」と思うと

寂しくて、冷たい感じがしますね。

 

「分かりあえないなら

 ”他者”とどうやってつながるの?」

と感じる人もいらっしゃるでしょう。

 

「分かりあえない」前提があるからこそ

「他者」を大事にできるんです。

 

「分かりあえない」ことを前提にすると

「共通項」に着目できるようになります。

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お互いの”同じ”を大切にできる。

どんな些細なことでもいいんです。

 

「好きな音楽が一緒」

「好きな服のブランドが同じ」

「パンよりご飯が好き」

 

小さい共通項に着目すれば

誰とだって繋がれます。

 

 

 

www.kobunikki.com

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